Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

    忘れ霜
 



 梢の先やら陽あたりのいいところの芝や茂みの、柔らかに萌え出した緑があちこちに顔を見せ始め。そんな若葉をきらきら透かすほど、初夏のような汗ばむほどもの陽気が訪れたかと思えば、なのに、直後の朝晩が肌寒いほどに冷え込んだり。桜花が終わっても八十八夜が来ても、なかなかに油断がならないのが日本の気候だったりするようで。

  “……………ん。”

 妻戸や蔀を締め込んではいても…隙間の多い室内は正直なもの。もう陽は昇りつつあるのか、ほのかな明るさがそこここに滲んでおり。朝の到来を斟酌のない素っ気なさにて、鼻先へまで届けてくれた模様。昼は暖かくとも朝晩はまだ少しほど寒々しく。周囲の空気を嗅いでから、肩の先が少し冷たいかなと。けれど、よくよく探ってそうみたいと分かった程度のことだので。そこは騒がず大人しく、ごそもそと身を縮めるようにして、暖かな寝床、綿入れの中へともぐり込めば、
「ん〜〜〜。」
 そんな気配や衣擦れの音で起こしたか。いやいや、これも…寒いからと我が身へ布団を手繰り寄せるような、一種の反射のようなものだろう。無造作に伸びて来たごつごつの男の手。それがこちらの二の腕あたりを やわりと掴むと、そのまま懐ろへと引っ張り込んで。暖かな環の中、すっぽり取り込んでくれるのが、
“………。////////
 嬉しくて、なのに つきつきと切なくて。柄じゃあないのに、なのに胸がじんとして。誰へも心許さずに、片意地張って生きて来たから。こんな風に何の警戒もなく打算もなく受け入れられるのって、まだちょっぴり慣れてない。なあ、こういう時はどうしたらいい? そういうのは教えてかなかったもんな、お前。
“…なあ。”
 視線を上げれば、やっぱり瞼が降ろされたまま、無心に眠り続けてる。間近になった男臭い顔へ、起きないのをいいことに、こっちも真摯な顔のままで、こっそり話しかけてみる。
“………やっぱ、怖い顔だよなぁ。”
 彫のくっきりとした拵えの目鼻立ち。その鋭角的な印象は、眸を伏せてても和らぐことはなく。すぐにも火のつきそうな揮発性の高い、いかにも薄っぺらな挑発の気配はないながら。小難しい瞑想にでも耽っているかのような、取っつきにくさをたたえているばかり。いやまあ起きてる時だって、本来ならば…厚みのある威容でもって相手を余裕で睥睨し、一言も発さぬままに何人たりとも震え上がらせてしまえるのが常の、蟲の邪妖、蜥蜴一門を統括する恐持てな総帥様であるのだが。この自分へ対しては、喧嘩腰になってる時を例外に、いつだって…懐ろへ背中の陰へと、掻い込んで護る相手だという認識の下、やさしい誠実な眸しか向けなくなっているものだから。そういう威厳のある奴だってこと、こちらでも うかーっと忘れ去っていたりして。
“でかい手だよなぁ。”
 こちらへ枕にと提供しても余る腕の先。それがこちらの肩口へと回されており、大ぶりな手のひらが守るように覆うようにとかぶさっていて。誰かを懐ろへ抱え込むという態度・所作そのものがまず、そういう立場の者にはそぐわないのではなかろうか。いやいやそれは、手放したくはないという気持ちの表れならばの話であって。彼の場合はただ単に、寒くはないか、心細くはないかという、孤独な魂への温もりの施しであるのかも。
“………。”
 今の自分と大差無い、せいぜい意気がってるが、その実はまだまだ青くて若々しい兄ちゃんだったなんてな。いくらこっちが幼かったとはいえ、何でああまで頼もしく見えたのだろか。
“頼もしいどころか、どうしようもないお人よし野郎なのにな。”
 こんな風に再会が叶うなんて思ってもみなかった。大人になったら探すって決めてた筈が、いつしかそれは…日常からは少し離れた次元にある、漠然とした想いになってしまってて。実はそういう素養が元からあったか、少しずつ身についた自信から、要領のよさまで味方につけて。人の鼻先を小器用に擦り抜けては、面白おかしく過ごせるようになるまでに、さして時間はかからなくって。でもね、あのね? 再び覲
まみえることが出来たんだって、こいつがあの時のおじさんだったのだって気がついて。その途端。全身が総毛立つみたいな、血脈が全部泡立って そのままどうにかなってしまいそうな、叫び出したいような気持ちになった。ああそうなんだって。ちゃんと逢えてたんだ、なのに何で気がつかなかったんだよ、おいって。内心で大騒ぎをさんざんやらかしてから、それから…あのね?

  ――― 良かった、って。

 この人で。あ、人じゃないか邪妖か。こいつが そうで、良かったって。こっそりと涙が出そうになって困ったほど、しみじみと良かったって思えた。
“………。”
 人のいい邪妖のお頭。吹けば飛ぶような人の和子との、ほんの数日の逢瀬のこと。ちゃんと覚えていてくれて。こんな可愛げのない奴になってたことを嘆くのではなく、生き延びていたことへ、涙まで流して喜んでくれて。そうまでお人よしで甘ちゃんで…優しくて。よくもまあ、人より長いというこれまでを永らえて来られたもんだとも思った蛭魔であったりし。

  『…どうした?』

 目顔で誘えば特に衒いもなく、逆に言えば、すんでのところで身を躱されるやもなんていう、見栄からの警戒もしないまま。間近まで寄り、両腕
かいなへ入れてくれる。呼んだくせして“物欲しそうにすんな、そんな気はねぇ”なんてこっちが言い出したとしても、恐らくは“そっか”なんて言って苦笑して、やっぱり意に介さない奴なのかもなと思っていたら、
『う…ん。』
 昨夜はちょこっと…コトが済んでからのひとときのことではあったけど、物言いたげな顔をして見せて。
『ちょっと思い出してな。』
『何を。』
『お前、清童だったろが。』
 こういう割りない仲になった最初の晩に。何に驚いたかって、それが一番に意外だったぞだなんて。低くて響きのいい声で、そんな言いようを囁かれては、
『な…っ。///////
 薄闇の中でもそれと判ったろうほどに、耳まで真っ赤にした術師の青年であったのは言うまでもなくて。今になってそんなこと、わざわざ本人へと訊くなんてあるかよな。どんなに困っても売らないでいて良かったなんて、そんな柄じゃあない可愛いこと、今更言えっかよ。
「…。///////
 今またついつい、性懲りもなく思い出してしまったのはきっと。間近になった相手の寝息や匂いが、夜着一枚同士しか隔てぬ温もりが。そんな語らいの直前に交わした睦みで触れた、雄々しい肉感の妙に淫蕩だった躍動や愛咬愛撫の感触まで、さぁ…っと肌身へ思い起こさせもしたからで。

  “〜〜〜〜〜〜〜〜っ。///////

 ひゃ〜〜っとか、わぁ〜〜っとか、それこそ柄にもない声を上げたいような気持ちに襲われ、それを何とか堪えんとして。むぐうっと口許を噛みしめた、うら若き陰陽師殿だったりしたのだけれど。

  “…何を思い出したんだかな。”

 こっちはこっちで、これでは起きるに起き出せないなと。相手の動揺を身じろぎだけであっさり見抜き、見抜いたせいで困ってる。
“てっきり怒り出すと思ったのによ。”
 いや、こちらさんが思ったのは、昨夜の話へではなくってね。
『お前、清童だったのか?』
 もう何年ほど前になることか。こういう割りない仲になった最初の晩に。何に驚いたかって、それが一番に意外だった葉柱であり。何も尻が軽そうだと言いたかった訳ではなく、こんなまで綺麗な見栄えと、品もあるがそれ以上に、意味深で妖冶で、ねじ伏せてやりたくなるような種の高慢さを保っていながら、
『よくもまあ、この年まで無事だったよな。』
 いくら一端の青年となったとて、むくつけき男衆に掴み掛かられてしまっては、力づくで敵うとは到底思えなかったから。もっと幼き頃なら尚更に、ちょいと磨けば可憐で愛らしくなる容姿だよのと、好事家のいやらしい目で視姦もされよう、汚らわしい手で撫で回されもしたろうに。そうと思っての…それこそ殴られて当然な明け透けの物言いへ、だのに、
『俺みたいな可愛げのない、薄気味の悪いのと。寝てみたいだの欲しいだの、思うような物好きな奴なんていねぇのさ。』
 怒りもしないその代わり、拗ねたようにふいっとそっぽを向いた細い肩が、何だか可愛らしいほど切なく見えたのを覚えてて。それでつい、
『せっかく穢さずに済んでおったのにな。』
 素性が判ったから尚のこと、意に染まぬことだったら済まなかったなと、昨夜はそうと言い足したのだが、

  『…いやだったら途中で蹴ってたに決まっておろうが。///////

 腕の中へと見下ろした、やっぱりそっぽを向いてた白い肩。見る見る内にうなじから降りて来た朱に飲まれ、真っ赤に染まったのがそりゃあ綺麗で…印象的で。ついついそっちへ見とれてしまったものだから、言いようの方の意味を把握するのに随分と間がかかったほどだったっけ。


   ――― …なあ。
        んん?


 寒くはないかとやんわり訊かれ、答える代わりに単
ひとえの衿元、ぎゅうと掴んで引いて示せれば。背中へ腰へと回されてあった腕の環が、もっと密にと力を込めて。
「…あ、こら。///////
 のしかかられても不思議と苦しくはなく、むしろ重みにほっとして。もっとと抱きしめたくさえなるから、やっぱり不思議。大切な人が出来るということ。身ひとつならば通せた勝手、なりふり構わぬ傍若無人をこれでも多少は封じられ、時にはちょっぴり歯痒くて、でも。しょうがないなぁという苦笑ひとつで、それさえ乗り越えてゆけるのが心地いい。狡猾さでではなく誇りで胸を張ること。青臭いことな筈なのにね、痛快さよりも清しさで潔さで、胸の中がきゅうきゅうと擽られて何とも心地いい。

   ――― ちびが来るまでに済ませろよ。
        それって俺次第なことじゃあなかろうが。

 くつくつと、不敵そうに低く笑うのが何とも小憎らしかったけれど。
「…っ!」
 巧妙にも不意を衝き、衣紋の裾から忍び入った手があって。乾いた温みを感じた瞬間、紛れもなくそのせいで体が撥ねては…他人ごとのように澄ましてもいられなく。忘れ霜の降る寒さもどこへやら、すぐにもお互いしか見えなくなった若いお二人だったようでございますvv






  〜Fine〜  06.5.03.


  *いやぁ、今朝はお寒うございましたねということでvv

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